貧者は新型コロナワクチンを接種できるのか 正念場に立つCOVAX(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
貧者は新型コロナワクチンを接種できるのか 正念場に立つCOVAX(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
◇突然に始まった接種 「ワクチン(接種)の最前列にいるわ。もう泣きそう」「終わった。何も痛みはなかった!」 7月15日朝、ヨハネスブルクの支局兼自宅でスマートフォンを見ていると、ツイッターに地元の女性がこんな書き込みをしているのに気付いた。南アフリカではこの日が35~49歳の新型コロナウイルスワクチンの接種予約開始日だった。インターネットの専用サイトで氏名や生年月日、連絡先などを登録すると、追って政府が接種の日時と場所を指定してくる仕組みだ。43歳の私もこの日朝一番で登録したが、公式発表では接種を受けられるのは「8月1日以降」とされていた。 ところがツイッターで投稿をしたこの女性は朝、50歳以上の接種を行っているヨハネスブルクの会場に並んでみたところ予約なしでも接種できたといい、その写真までアップしていた。 「まさか」。私は目を疑ったが、万事が日本のように厳格ではないこの国ではありそうなことだ。女性が接種をした会場は、私が働く毎日新聞ヨハネスブルク支局から車で10分ほど。半信半疑だったが、書き込みを見た人がこれから殺到するかもしれず、のんびりしてはいられない。車のエンジンをかけてあわてて飛び出した。 一日も早くワクチンを打ちたかったのには訳がある。南アフリカではインド由来のデルタ株が猛威を振るい、6月から新型コロナ感染者が急増していた。特に深刻なのは、私が住むヨハネスブルクや首都プレトリアがある人口1550万人のハウテン州だ。新規感染者数はピークの7月3日、1万6091人にも上った。1日で1000人に1人以上が新規感染した計算になる。 東京都の人口に当てはめれば1日に感染者が1万4000人という異常事態だ。私は3、4日に1度、近所のスーパーに買い出しに行く以外は外出を控えるなど最大限の努力をしていた。だが、感染者数を示す棒グラフの山は目を疑うような高さに達し、まるで私たち家族をのみ込むばかりに迫る大津波のように見えた。 午前10時半に会場に到着すると、屋外で既に200人以上が列を作っていた。私よりも若く見える人も並んでいる。列は流れているので接種できそうだ。2時間ほど並んだ後、パスポートを提示するだけで受け付けてもらえた。後で分かったが、南アフリカでは他にも多くの接種会場が同じように予約なしの接種を始めていた。 「コロナで客死するようなことは避けられそうだ」。ファイザー社製ワクチンを左腕に注射してもらうと、そんな感慨がこみ上げてきた。南アフリカではファイザーの2回目の接種は6週間後なので、8月末には2回目が完了する。 ただアフリカ全体で見れば、私はかなり幸運なケースだ。南アフリカは「アフリカで最も工業化が進んだ国」とも言われる。国際社会や外国政府からの支援に頼らなくても、自前で製薬会社からまとまったワクチンを購入できる、アフリカでは限られた国である。英オックスフォード大の研究者らが運営する「アワー・ワールド・イン・データ」によると、7月15日時点で人口約13億人のアフリカ全体で1回以上接種を受けた人の割合は2.8%に過ぎなかった。そして8月17日時点でも4.4%と遅々として進んでいない。 ◇資金難とワクチン不足 アフリカで接種が進まない理由は「ワクチンを買うお金がないから」ということに尽きる。そしてアフリカ諸国をはじめとする貧困国にワクチンを提供する国際的な支援の仕組みもあまりうまく機能していない。 コロナワクチンの分配については2月に本コラムの<新型コロナで世界のモラルは崩壊するのか>でも取り上げたが、少し振り返っておきたい。コロナ禍では当初から富裕国がカネに物を言わせてワクチンを買い占め、貧困国に届かないことが懸念されていた。そこで世界保健機関(WHO)などが主導して作った仕組みが「COVAX(コバックス)」だ。 COVAXは、簡単に言うとワクチンの巨大な「卸問屋」。世界中の製薬会社からワクチンを一括・大量購入して、加盟国に平等に販売する。どの国でも少なくとも2割の人が2021年中に接種を受けられるよう、当面、20億回分のワクチン確保を目指している。日本を含む世界の約190カ国が参加し、そのうち特に貧しい92カ国には先進国や国際機関が資金を出し、実質的に無償でワクチンを提供する。ただ富裕国は自国分のワクチンを製薬会社との個別交渉で確保しており、加盟による実利はほぼない。 COVAXが直面してきた問題は大きく三つある。①資金確保②ワクチン確保③接種態勢の整備――だ。 COVAXは前例のない取り組みのため、20年に始まった当初は資金集めに四苦八苦し、貧困国向けのワクチン購入代金を確保できない恐れがあった。その流れを変えたのが21年1月のバイデン米政権発足だった。「米国第一主義」を掲げるトランプ前政権では米国はCOVAXに参加すらしていなかったが、国際協調路線への回帰を鮮明にしたバイデン氏は、2月の主要7カ国(G7)首脳会議でCOVAXに40億ドル(約4370億円)を拠出する方針を表明した。それまでの日本や欧州各国の拠出と比べても破格の額で、他国からも追加の支援表明が相次いだ。 COVAXの事務局によると、貧困国向けのワクチンの資金ではこれまでにおよそ98億ドル(約1兆700億円)を確保し、このうち10億ドルは日本が拠出を表明している。COVAXは「20年から21年初頭にかけ、貧困国に18億回分を無償提供する資金が確保できた」と説明しており、資金面では一段落ついた形だ。 ところが今度はワクチンの確保が遅れたことによるトラブルが深刻になっている。特にワクチン製造大国のインドで3月以降、感染力の強いデルタ株が猛威を振るった影響が大きい。COVAXがワクチン支援の第1号を西アフリカ・ガーナに届けたのは2月24日。当初の計画では7月時点で各国への提供は計8億7000万回分に達するはずだった。 ところがインド政府は感染者急増を受けて国内での接種を優先し、輸出を制限する。COVAXはインド製造分で20、21年に計11億回分を確保する計画だったため大きな遅れが生じ、7月までに提供できたのは想定の2割以下の1億5000万回分程度にとどまった。単純計算で7億2000万回分が届かなかったことになる。 デルタ株が世界各地に広がる中、貧困国にとってこの遅れは大きな意味を持った。ワクチン接種が進む欧米ではデルタ株が広がっても、以前のピーク(昨年12月~1月ごろ)よりも死者は少なく抑えられている。ところがWHOによると、アフリカでは8月に入って1週間あたりの死者が6400人を超え、過去最多を更新した。またCOVAXの貧困国枠で支援対象になっているインドネシアでも6月以降、かつてないペースで感染者・死者が増えた。もしワクチンが早く行き渡っていれば、貧困国でも感染者数や死者数は一定程度、抑えられたはずだ。経済力の差が如実に結果に表れた形で、まさに世界は「地獄の沙汰も金次第」となってしまった。 ◇供給の見通しは 今後、COVAXからのワクチン供給は増えるのか。COVAXの担当者は7月6日のWHOの会合で、ワクチンの仕入れ先の多様化に努めているとし、「今年第4四半期にかけて提供できるワクチンが非常に増える」と話した。自国での接種が一段落した富裕国からの提供も増えており、年内に3億回分を見込む。これらを合わせてCOVAXは年内に18億回分を超えるワクチンを世界に供給できると予測している。 ただ見通しが甘いとの指摘もある。世界のワクチンの供給状況などを調べている英情報分析会社エアフィニティは、COVAXが未承認のワクチンも供給計画に繰り入れているほか、製薬会社からの供給が額面通りに進まないおそれがあるとして、年内の供給は14億回分程度にとどまると分析している。これまでの実績を踏まえれば、COVAXの説明を疑う見方が出るのは仕方がない。 一部の先進国がワクチンによる発症予防効果を高める狙いで進める「3回目接種」も懸念材料だ。イスラエルは8月から3回目の接種を開始し、ドイツも9月からの実施を決めた。途上国のワクチン不足に拍車がかかる恐れがあり、WHOも3回目接種の一時停止を求めている。南アフリカ・ウィットウォーターズランド大の研究者で、アフリカ連合・疾病対策センター(アフリカCDC)のワクチン配送計画にも携わるサフラ・アブドル・カリム氏は「アフリカで医療従事者の接種も終わっていない中で、富裕国が3回目接種を行うことは非倫理的で人権の侵害だ」と批判する。 また現在はワクチンの供給量が限定的なためあまり注目されていないが、発展途上国の隅々にまで接種を進めるには、低温で保管できる態勢や、接種をする医療従事者らの確保も大きな問題だ。低温での輸送・保管網は「コールドチェーン」と呼ばれる。安定した電力供給がない地域にはガスを使って冷蔵庫を冷やす方法や、ソーラー発電の配備が必要となる。 ガス式ならば、ガスボンベを定期的に交換する輸送網の整備も不可欠だ。ワクチンを使用期限内にきちんと使えるようにしたり、住民の接種状況を管理したりするのも決して容易ではない。 各国ともポリオや三種混合など子供向けのワクチン接種で、ある程度の経験を積んでいるとはいえ、今回は成人を対象にしており、前例のない規模とスピードが求められる。国連児童基金(ユニセフ)は新型コロナワクチンのコールドチェーン整備で支援に乗り出している。だが、実際にどの程度、運用できるかは見通せていない。 7月15日に記者会見したWHOアフリカ事務局の担当者によると、アフリカではマラウイや南スーダン、コンゴ民主共和国などで計45万回分の新型コロナワクチンが未使用のまま廃棄された。各国に送付されたワクチンの使用期限が切れるまでにあまり日数がなかった上に、短期間で接種する態勢も十分整っていなかったことが原因という。飛行機でワクチンを首都の空港まで届ければそれで済むという話ではないのだ。 ◇「ワクチン植民地主義」を超えて どんなに問題があったとしてもCOVAXは貧困国にとってはワクチン確保の頼みの綱である。ウィットウォーターズランド大のカリム氏は、COVAXの運営には改善が見られるとして、「次の段階でより成功を収める可能性がある」と期待する。ただ「貧富の差にかかわらず、世界に平等にワクチンを配る」というCOVAXが掲げた壮大な理想は、富裕国と貧困国のワクチン格差という現実の前に、色あせている。カリム氏は「COVAXはもはや国際的な団結や協調の象徴ではない。豊かな国が貧しい国に対して行う寄付や慈善事業の象徴だ」と嘆く。 アフリカで新型コロナワクチンの取材をしていると「ワクチン植民地主義」という言葉を耳にする。最初は、何と大げさな表現か、と思ったが、歴史的背景を考えればあながち間違いとは言えない。アフリカの大半は19、20世紀に英仏独といった列強の植民地支配を受けた。宗主国にとって大事なのは自国の政治的、経済的な利益だ。植民地は安価な労働力や農産物、天然資源の供給源であり、また工業製品を売りつける市場でしかない。住民の人権や福祉は軽視された。 旧宗主国を含む豊かな国々がワクチンの開発に成功して大半を買い占め、自分たちはスズメの涙のような寄付に期待するしかない――。そんな不平等は過去の植民地主義を想起させるのに十分だ。 もちろんアフリカ諸国も「植民地主義」と決別するためには、自助努力が重要だと認識している。欧米の製薬企業と提携して南アフリカなどに新型コロナワクチンの製造拠点を整備する計画が出ているほか、ワクチン関連の特許権を一時停止させて途上国で安く大量に製造できるよう求める動きもある。ただそれが短期間で全て実現する見込みはなく、当面は輸入に頼るしかない。 日本は今、かつてない感染者の急増に見舞われ、どうしても関心が内向きになりがちだ。ただ、たとえ自分がワクチン接種を受け、日本の感染状況が落ち着いても、世界のどこかで感染が続く限り、次々と変異株が生まれ、新たな脅威となって降りかかってくる。英国由来の「アルファ株」、インド由来の「デルタ株」の例を見れば明らかだ。 COVAXの成否は貧困国だけの問題ではなく、世界全体の問題である。日本としてもワクチン格差に関心を持ち、貧困国を支援していくことが重要だ。【ヨハネスブルク支局長・平野光芳】
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ありがとうございます。
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